草薙市私立草薙学園。
広大な敷地を持ち、大企業頏玖財閥によって運営される中高一貫校である。
高等部への外部入学もあり偏差値は中の上。
6年前まで男子校だったので、女子の制服が学ランにスカートというのは草薙高等部の特徴のひとつである。
中等部は中学生らしくセーラー服と可決されたので、高等部のみの特徴である。
しかし、逆にそれが人気で女子の生徒数は年々上昇中であり、現在は男子の3分の1ほどにまでなっている。
立地条件がこれまた悪くない。
市の中心にある揺ヶ丘の一角に草薙学園は位置しており、高等部の校舎からは市に面接している三須賀浜が一望できるようになっていた。
中等部は、高等部よりふもとに近く、長い坂を上る必要もないが絶景とは言いづらい。
だが、(多少金銭の問題はあるとしても)寮に入ってしまえば坂を上る必要もなくなるので、中等部のときは通い、高等部にあがってから寮住まいという生徒は多かった。
なるほど、確かに景色は悪くないな、と転入生・赤羽 秋一(あかばね しゅういち)は思った。
5月23日。
この日、秋一はこの草薙学園高等部1−Aに転入するのだ。
何故、1年生でこんな中途半端な時期なのか。
本来であれば、そろそろクラスメイトの中で仲のよいグループができ始める頃である。
しかし、1ヶ月前、秋一にとって不足の事態が起こったのである。
母の後追い自殺である。
半年ほど前に、医療ミスで父親を亡くし、病院側に満足に訴えを聞き入れてはもらえず、母は狂った。急に母は、秋一を連れて父親が亡くなった病院の屋上に上った。
風でも浴びたいのだろう、と手を引かれたままに歩いたのだが、フェンスの側まで来た瞬間に、母の目の色が変わるのを目の当たりにし、あぁ、心中するつもりなのだ、と直感した。
かろうじて母の手を逃れ、秋一は一命を取りとめたが、飛び降りた瞬間の安らかな貌は忘れられなかった。即死だった。
母の思いがけない自殺に、焦りを覚えた病院側は医療ミスをメディアに発表し、必要以上の口封じのためにそれなりの慰謝料を秋一に私、一件落着させた。
決して貧しくはなかった一般家庭で育ち、細身の割りに運動が大の得意というのが取り柄の赤羽 秋一15歳は、こうして社会にひとり放り出されてしまった。
母の争議は、当時の担任と、数人の親族でほそぼそと行われた。
かけおちでむすばれた母を、父方の親族は許していないようだった。
1人だけきた父方の伯父に、
「家賃くらいは何とかしてやる。もう義務教育も終わったんだし、生活面は自分で何とかしろよ。慰謝料もたっぷりもらったんだろうし・・・まったく大した遺産を残したもんだよ。」
父母の死も、伯父の皮肉も、病院側の対応も、心砕けるほど辛くはなかった。
社会なんてこんなもんだと、どこかで感じていたからだ。
しかし、これからの自分の生活や将来を考えると、不安を隠せずに自分勝手だな、とかカンジながらも、秋一しかいない家でひっそりと泣いた。
4月も、忙しくてうっかり入学予定だった公立の入学式を逃してからというもの、学校に行く気が起こらず、家の中でぼーっとしながら4月が終わってしまった。
そして、2週間前。この草薙学園の理事長が赤羽家のインターフォンを鳴らしたのだ。
是非、我が校に来て欲しいと熱心に勧誘された。
私立は金がかかると言うと、全額免除にしてやると言われれば、伯父の世話になってまで赤羽邸にいる必要はなくなった。
正直、何故こんなに自分を転入させたいのか不思議でたまらなかったが、いままでの部活経験からよく高校にスカウトされることはあったので、そうだと思った。
家を売り、財布に1枚だけ家族の写真を(女々しいと思いつつも)入れて、草薙学園に転入、柊寮に入寮ということになった。
入学試験、手続きなどを済ませた秋一は1−Aの担任である、春野 圭介(はるの けいすけ)という若い男性教師の後に付き、高等部校舎3階に廊下を歩いていた。
「まだ5月だし、生徒どももそんなに仲良しこよしってほどでもねーだろ。そういった意味じゃぁ、まだ親しみ易いと思うぞ?」
「はい。」
春野は小気味よい教師だった。
スポーツ刈りに色黒の肌、一目見て誰もが体育会系だとわかる。
その期待を裏切らずに、春野はテニス部の顧問らしかった。入らないかと誘われたが、何をしたいとも思わないので断った。
さて、話は変わるが、1度も学校に行かずに転校したので、秋一には高校でできた友人が居ない。
だから、関係を作るとしたらここ、1−Aからだ。いつまでもくよくよしてらんないな、と静かに強く拳を握った。
やがて教室の前まで着くと、春野に少し待っているように言われた。
秋一は、心拍数を落ち着かせる為に、深呼吸をした。自己紹介のリピートでもしておこうと思った。
「(今日からこの1−Aに転入します、赤羽 秋一です。寮は柊寮に入る予定です。これから、よろしくお願いします・・・これぐらいかな。)」
ありきたりと云えばありきたりだが、イキナリ弾けるのとかキャラじゃねぇし、と秋一は春野に呼ばれるのを待った。
「うーい、盛り上がるのはその辺でストップな。入って来い。」
ざわついていた教室がしん・・・となる。
こういう静かな場所で注目浴びんのとか苦手なんだよな・・・、と抑えたはずの心拍数を上げながら、扉の取っ手をレールに沿って右に引いた。
秋一が1−Aの教室に一歩、踏み出すとクラス全体から拍手喝采が贈られた。
突然の歓迎に一瞬、怯むがなるべく気にしないように・・・と思い歩いたが、クラスに一人はいる盛り上げ役の男子が「1−Aにようこそ!」なんて言うから反射的に、苦笑いした。
そんな、クラスが騒がしい中、出席番号18番月城 白華と35番湯原 淳は拍手をせようともせず、興味無さげに秋一に視線だけ送っていた。
春野がいる教団の隣に秋一が着くと、拍手は自然と鳴り止んだ。
春野は、白いチョークで上手くもなく、かといって下手でもない字で『赤羽 秋一』と書いた。
その間、クラスの女子は、早々に秋一の物色を始める。
―――ちょっと童顔だけど、イィ方じゃないっ!?
―――私、結構好みかも!
これは補足であるが、秋一はモテる部類に入る男だ。
童顔であるのは本人の悩みの種でもあるが、許せる範囲だし、スポーツのできる男というのは昔から人気があるものだ。
加えて、男子にも女子にも親しく、屈託なく接してくれる性分もモテる理由かもしれない。
クラスのどこかからカメラの音がした。噂好きの女子生徒が写メールでも送ったのだろう。
秋一の名前を書き終えた春野が振り返る。
「と、いうわけで、公立の八坂高校から転入してきた赤羽 秋一くんです。じゃ、挨拶。」
「はい、えと。」
秋一は先ほどまで頭にリピートしていた台詞を思い出す。
「今日から、この1−Aに転入する赤羽 秋一です。寮は柊寮に入る予定です。これからよろ」
「えぇ―――――――――――――――――――――――――――――っっっ!!!」
次の瞬間、(白華と淳を除く)クラス全員が絶叫した。
「・・・しくお願いします・・・。」
めげずに続けて言ってみるが、既に誰の耳にもその声は届いていない。一瞬でクラスは騒々しさを取り戻した。
俺は、何かまずいことを言ったのか・・・?